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東京地方裁判所 平成6年(ワ)3134号 判決 1995年9月29日

原告

村上鉄夫

石川作太加

右二名訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

被告

ベニス株式会社

右代表者代表取締役

吉田治昌

右訴訟代理人弁護士

小篠映子

主文

一  被告は原告村上鉄夫に対し、七七万八六八〇円及びうち一七万三〇四〇円に対する平成五年九月二九日から、うち三〇万二八二〇円に対する平成六年九月二九日から、うち三〇万二八二〇円に対する平成七年九月二九日から、いずれも支払済みに至るまで年六分の割合による各金員並びに平成八年九月二八日限り及び平成九年九月二八日限り、各三〇万二八二〇円を支払え。

二  原告村上鉄夫のその余の請求を棄却する。

三  被告は原告石川作太加に対し、一二万九三六〇円及びこれに対する平成五年一一月二九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告村上鉄夫(以下「原告村上」という。)に対する請求

1  被告は原告村上に対し、一三八万四三二〇円及びこれに対する平成五年九月二九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  仮に、右の請求が認められない場合、被告は原告村上に対し、四七万五八六〇円及びうち一七万三〇四〇円に対する平成五年九月二九日から、うち三〇万二八二〇円に対する平成六年九月二九日からそれぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金員及び平成七年九月二八日限り三〇万二八二〇円、平成八年九月二八日限り三〇万二八二〇円、平成九年九月二八日限り三〇万二八二〇円をそれぞれ支払え。

二  原告石川作太加(以下「原告石川」という。)に対する請求

主文第三項と同旨

第二事案の概要

本件は、かつて被告の従業員であった原告らが、いずれも分割払いの方法により、被告から就業規則に基づく退職金の支払を受けていたところ、被告は、原告らが被告の従業員を原告らの再就職先に引き抜いたとし、その行為が就業規則と一体をなす退職金規定別表中の減額条項に該当するとして、途中から、未払分を減額支給することとしたりしたため、その正当性が争われた事案である。

一  争いのない事実等

以下の各事実は括弧書きで証拠を掲げたものの他は、当事者間に争いがない。

1  被告は、文房具の販売等を業とする株式会社である。

2  原告石川は、被告に、昭和五二年入社し、昭和六三年一〇月二〇日付けで退職した。

3  被告退職金規定によると、原告石川の退職金金額及びその支払方法は、以下のとおりとなる。

退職金金額 一二九万三六〇〇円

支払方法 退職時にその半額を支払う。

残額六四万六八〇〇円については、平成元年から平成五年まで、毎年一一月二八日限り、各一二万九三六〇円ずつ分割して支払う。

4  被告は、原告石川に対し、同原告の退職金金額及び支払方法について前項のとおり記載し、末尾に「上記の通り確定したので通知申し上げると共に分割の場合これにより、その権利を保証します。」と記載した、昭和六三年一〇月付け『退職金証書』と題する書面を送付した(<証拠略>)。

5  被告は、原告石川に対し、平成四年までは、右のとおりの支払いをしていたが、平成五年一一月二八日限り支払うべき退職金一二万九三六〇円の支払いをしない。

6  原告村上は、被告に、昭和四八年に入社し、平成四年八月二〇日付けで退職した。

7  被告退職金規定によると、原告村上の退職金金額及びその支払方法は、以下のとおりとなる。

退職金金額 三〇二万八二〇〇円

支払方法 退職時にその半額を支払う。

残額一五一万四一〇〇円については、平成五年から平成九年まで、毎年九月二八日限り、各三〇万二八二〇円ずつ分割して支払う。

8  被告は、原告村上に対し、同原告の退職金金額及び支払方法について前項のとおり記載し、末尾に「上記の通り確定したので通知申し上げると共に分割の場合これにより、その権利を保証します。」と記載した、平成四年九月一〇日付け『退職金証書』と題する書面を送付した(<証拠略>)。

9  被告は、平成五年一〇月一日付け文書により、原告村上に対し、同原告が退職後、被告の社員を自分の再就職先に引抜いたとし、退職金を二一六万三〇〇〇円に減額し、平成五年九月二八日から五年年賦で、合計六四万八九〇〇円を各年一二万九七八〇円ずつ支払う旨を通告し、右通告後の平成五年一一月一日、一二万九七八〇円を支払った。

10  原告石川、訴外岡内隆人(以下「訴外岡内」という。)、原告村上及び訴外山崎芳弘(以下「訴外山崎」という。)は、いずれも被告の従業員であったが、原告石川は被告退職後、昭和六三年一〇月二四日から、訴外レモン・クリエーティブにおいて就労開始し、翌平成元年二月に幼児向け文具の販売を業とする訴外レモン株式会社(以下単に「レモン」という。)に移籍した。また平成二年一一月二〇日頃被告を退職した訴外岡内は同月末頃に、原告村上は、平成四年八月三一日付けで、さらに同年一〇月二〇日付けで被告を退職した訴外山崎は同月二七日付けで、いずれもレモンに入社した(<証拠・人証略>)。

11  被告退職金規定別表の「自己都合による退職金」の項には、「退職前に就業規則に違反する行為があった場合及び、退職後においても、当社に対し損害を与えるが如き行為又は、不都合なる行為ありたる場合は、例え退職後であっても上記の退職金支給率を減ずることがある。」という規定が設けられている(右規定を以下「本件減額条項」という。)(<証拠・人証略>)。

二  争点

1  本件減額条項の有効性

2  本件減額条項に基づいて、原告らの退職金の金額を減額することができるかどうか

3  被告が原告村上の退職金支払債務を年賦払いすることが権利の濫用になるか

三  当事者の主張

1  争点1(本件減額条項の有効性)について

原告らの主張

本件減額条項は、平成三年に退職金別表が改正されて追加されたものであるが、その際、従業員代表の選出、改訂規定の届出、改訂退職金規定の周知のいずれも果たされていないので、手続上無効である。

2  争点2(本件減額条項に基づいて、原告らの退職金の金額を減額することができるかどうか)について

(一) 被告の主張

(1) 被告退職金規定別表に定められた本件減額条項は、被告退職金規定と共に被告就業規則と一体をなすが、被告は、原告らに、以下の各行為があったため、本件減額条項を適用し、退職金の減額をしたものであって、本件各減額は理由がある。

(2) 原告石川について

原告石川は、いわゆるヘッドハンターとして、レモンの社長に引き抜かれて被告を退職したものであるが、被告に対しては、一身上の都合を理由とした退職願を提出しており、これは、被告就業規則上の懲戒事由である八二条三号(勤務に関係する手続きその他の届出を詐ったとき)に該当する。また、原告石川は、退職後、被告の中心的戦力であった訴外岡内、原告村上、訴外山崎を次々に引き抜いてレモンに就職させたため、被告は、自己の費用をかけて募集し、人的にも経済的にも多大の投資をして育成した人材を失うこととなって経済的損害を受けた他、右引き抜きの話が広く業界に知れ渡って信用を傷つけられた。

(3) 原告村上について

原告村上は、石川の引き抜き行為に対応して被告を退職したものであるが、被告に対しては、田舎へ帰って病気の母親の面倒をみなければならない旨を退職理由として述べ、退職願にも一身上の都合を理由として記載し提出した。このように原告村上が被告に対する退職理由の説明を偽った行為は、被告就業規則八二条三号に該当する。また、原告村上が右のように原告石川の引き抜き行為に対応して被告を辞め、レモンに入社したことは、懲戒解雇事由である被告就業規則八三条一六号(不正不都合な行為をなし、あるいは故意、怠慢、過失などにより会社に迷惑をかけ又は、かけようとしたとき)に該当する。さらに原告村上は退職後、積極的にかどうかはともかく、訴外山崎をレモンに引き抜くことに協力しているのであって、これは同じく八三条一六号あるいは懲戒解雇事由である同条一七号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)に該当する。

(二) 原告らの主張

(1) 原告石川について

本件減額条項は、平成三年四月の改定で追加された条項であるから、既に昭和六三年に退職している原告石川については、適用できない。

(2) 原告村上について

<1> 本件減額条項が有効であるためには、減額の事由が具体的かつ明確に定められていること及び定められた事由が退職金減額の理由として社会的に合理性及び相当性を有することが少なくとも必要である。しかしながら、本件減額条項における「当社に対し損害を与えるが如き行為又は、不都合なる行為ありたる場合」という減額事由は、極めて抽象的で不明確であり、使用者の恣意を許さない程度に客観的に特定・限定されているとはとても評価できない。また、損害を「与えるが如き」とか「不都合」といった要件はあまりにも裁量の幅が大きく、社会的合理性も相当性も存在しない。したがって、本件減額条項は、減額事由の明確性、合理性、相当性が欠如しており法的効力がない。

<2> 仮に本件減額条項が有効であっても、訴外岡内、原告村上、訴外山崎は、いずれもレモンとは無関係に退職意思を形成しており、レモン及びレモン関係者は同人らの退職に全く関与せず、双方の接触はいずれも退職後になって初めて行われたものである。このように引き抜きの事実は全くなく、本件減額条項に該当する事由は存在しない。

3  争点3(被告が原告村上の退職金支払債務を年賦払いすることが権利の濫用になるか)について

原告村上の主張

被告は、十分な事実調査もしないまま社内の噂を鵜呑みにして原告村上が引き抜きをしたと妄信し、しかも、自ら設定した退職一年後の第一回弁済日に全く支払いをなさなかったのであるから、もはや原告村上の退職金支払債務の履行について、期限の利益の主張をする資格は信義則上存在せず、その主張をすることは権利の濫用となる。従って、直ちに全額の支払義務を果たすべきであり、少なくとも将来分について中間利息を控除した上一括払いをすべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件の中心的争点である争点2(本件減額条項に基づいて、原告らの退職金の金額を減額することができるかどうか)につき先に検討する。

1  被告における退職金関係規定の制定経緯について

(証拠略)、被告本人尋問の結果によれば、被告における就業規則、退職金規定、同別表及び同別表中の本件減額条項等は、次のような経緯で制定されたことが認められる(なお、<証拠略>についてはいずれも被告本人尋問の結果によりその成立を認めることができる。)。

被告は昭和三三年頃から就業規則を制定するようになり、昭和四六年三月一日から(証拠略)の就業規則(以下「旧就業規則」という。)が施行された。その後、(証拠略)の退職金規定(以下「本件退職金規定」という。)が同別表及び退職金証書と一体となるものとして制定され、昭和五九年五月一日から施行された。ただし、この当時は、右別表中の本件減額条項はまだ制定されていなかった。さらに、平成二年三月一日、(証拠略)の就業規則(以下「現行就業規則」という。)が施行され、平成三年四月三〇日に退職金規定別表の中に本件減額条項が追加された。

2  被告における退職金の基本的性格等について

被告における退職金に関する規定をみると、旧・新両就業規則を通じて本件退職金規定及び同別表により退職金金額を算出することとされており、その算出方法は、平成三年に本件減額条項が加えられた点を除いて、同一であって、勤続年数による基本退職金と職給付加金とを合計し、定年退職等の一定の事由による退職の場合にはその全額、自己都合による退職の場合には、右数値に勤続年数に応じて決められた率を乗じて算出した金額を実際支給額とするというものであり、また就業規則により懲戒解雇された者に対しては退職金を支給しないとされている。右の退職金の算定の仕方を見ると、支給条件、支給額が明確で、裁量の余地が殆どない。そうすると被告における退職金の基本的性格は、従業員が継続してした労働の対償であって、賃金の一種であると認めることができる。そして、右退職金規定及び同別表は就業規則と一体になるものとして会社と従業員との間の労働契約の内容となっており、従業員は、退職に当たり、右に基づく退職金の支払請求権を権利として取得することになる。

3  原告石川に対する退職金減額の可否について

(証拠略)及び先に認定した事実を総合すれば、被告は、原告石川に対する退職金の金額及びその支払方法を、旧就業規則三二条二項及び本件退職金規定及び同別表を基礎として、第二の一3において認定したとおりに決定したことが認められ、同原告の退職金金額については、当事者間に争いがないので、原告石川は、右金額の退職金の支払いを受ける権利を取得したことが認められる。

被告は、本件減額条項に基づき、原告石川の退職金を減額し、平成五年一月二八日に支払うべき一二万九三六〇円の支払いを拒絶しているが、右条項が同原告退職後である平成三年に制定されたものであることは前記認定のとおりであって、これが原告石川との間において労働契約の内容となる余地はないのであるから、原告石川に対し、本件減額条項に基づき退職金を減額することは許されず、他に減額を正当化する理由がない。したがって、被告の原告石川に対する主張は、その余について判断するまでもなく理由がない。

4  退職金減額の要件について

一般に退職金は、賃金としての性格の他に功労報償的性格をも併せ有すると解されているので、退職従業員に在職中の功労を評価できない事由が存する場合に、退職金の支給を制限することも許されないわけではなく、退職金の不発生事由や、一部不発生となる事由を就業規則に定めておけば(就業規則に定められたこれらの事由を以下「制限条項」という。)、それが労使間の労働契約の内容となるので、制限条項に該当する退職従業員については、退職金請求権がそもそも発生しなかったり、あるいは制限された範囲において、同請求権を取得することになると解される。しかしながら、退職金が賃金たる性質を有していることに鑑みれば、退職金請求権の発生をいかなる条件にかからせても許されるわけではなく、右条件の設定は、法及びその精神に反せず、社会通念の許容する範囲でのみ是認され、制限条項の適用は、労働者のそれまでの勤続の効を抹消(全額不支給の場合)ないし減殺(一部不支給の場合)してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限り許されるとするのが相当である。従業員の退職後の行為を制限条項の内容とする場合も同様であり、この場合、退職従業員は、退職に当たり、解除条件付きで退職金請求権を取得するものと解されるが、かような場合は、労使間の労働契約関係が解消されて本来自由であるべき退職従業員の行為の制限となることや、退職金金額が一度算定された後に適用されるような場合には、退職従業員の法的安定性を害する要因となることから、より厳格な条件の下でのみ適用を許すべきであり、さらに制限条項の規定の仕方が抽象的であって一義的に理解できないような場合には、このことから直ちに条項を無効とすべきではないが、右条項が果たす規範役割は希薄なものでしかないのであるから、退職従業員を保護する見地から、その適用はよりいっそう厳格な条件の下で行うべきであり、背信性が極めて強い場合に限りその適用を許すのが妥当である。

本件減額条項は、従業員の退職後の行為をも退職金減額理由になるとしている上、規定の仕方は著しく抽象的である。したがって、その適用の可否は、以上の見地から判断することとなる。

5  原告村上に対する退職金減額の可否について

(一) (証拠略)、先に認定した事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は原告村上に対する退職金の金額を、当初、現行就業規則二六条二項、本件退職金規定及び同別表に基づいて、第二の一7に認定したとおりに決定したことが認められ、原告村上の退職金金額が同金額となることについては、当事者間に争いがなく、その基本的性格は、原告石川の場合と同様に賃金の一種であって、原告村上が支給を受ける権利を有するものである。

(二) 被告が原告村上について生じた事項として主張する点(第二の三2(一)(3))につき、その有無及び同原告に前記背信性が認められるか否かを検討する。

まず、原告村上が退職理由を偽ったとの点について検討する。同原告及び被告各本人尋問の結果によれば、原告村上は、被告代表取締役である吉田治昌(以下「吉田社長」という。)に対し、退職理由として、島根県の田舎にいる病気の母親の面倒をみる必要がある旨述べたこと、原告村上は、被告退職後に田舎に帰った事実がないことが認められる。しかしながら、村上鉄夫原告本人尋問の結果によれば、被告を退職する当時には、母親の面倒をみる必要性があり、これが退職の主要な理由となっていたとされており、後にこれが実現されなかったとしても、退職当時における原告村上の話が偽りであったとは直ちに認めることはできず、他にこれが偽りであったことを認めるに足りる証拠はない。また、仮に原告村上が引き抜きにより被告の退職を決意したとしても、被告に対し、その事実を告知する義務があるとも解せられないし、自らの決意に基づき会社を退職する場合に「一身上の都合」という抽象的な文言を退職届けに記載することは世間一般において通常行われていることからして、引き抜きを原因とする退職において「一身上の都合」を理由として退職届に記載し、提出しても、それが右文言から外れることにはならないと解される。以上からすれば、原告村上が退職理由を偽ったと認めることはできない。次に、被告を退職したこと及びレモンに入社したことを理由とする点については、原告村上の職業選択の自由として保障されている事柄であって、背信性認定の理由とはならない。さらに、原告村上が訴外山崎をレモンに引き抜くことに協力したとの点については、(人証略)及び先に認定した事実によれば、被告在職中、原告村上が訴外山崎の上司であり、両者が親しい間柄にあったこと及び平成四年八月二〇日に原告村上が被告を退職して一一日後にレモンに就職し、同原告就職後二ケ月足らずのうちに、訴外山崎が続いて被告を退職し、その一週間後にレモンに就職していて、同原告と訴外山崎の被告退職及びレモンへの就職が時期的に接近していることを認めることができるが、これのみでは山崎の引き抜きに原告村上が協力したという事実を認めるには足りない。もっとも、原告石川本人尋問の結果及び先に認定した事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、昭和六三年一〇月に原告石川が退職して以来、平成四年一〇月までの比較的短期間の間に、訴外岡内、原告村上、訴外山崎が相次いで被告を退職し、いずれも短期間の間にレモンに再就職していること、及びレモンへの再就職は、いずれも原告石川の口利きにより行われたことが認められ、これからすれば、各人のレモン入社の経緯につき、若干不自然な感がしないでもないが、原告ら各本人尋問の結果及び(人証略)によれば、原告石川が同人らにレモンへの再就職を勧めたのは、いずれも同人らが被告を退職した後であるとされており、偶然が重なってはいるものの、これを否定する証拠や他に特段の証拠がないことからすれば、訴外岡内、原告村上、訴外山崎に対する引き抜きがあったとか、訴外山崎の引き抜きに原告村上が協力したとかの事実を認めることはできない。

以上からすれば、原告村上につき、被告に対する背信的行為の存在を認めることはできないので、本件減額条項を適用することは許されない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告の主張は理由がなく、同原告の前記認定にかかる退職金金額の減額は許されないこととなる。

二  争点3(被告が原告村上の退職金支払債務を年賦払いすることが権利の濫用になるか)について検討する。

(証拠略)、被告本人尋問の結果、前記認定にかかる事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、以下のような事情から、原告村上の退職金の減額をなし、平成五年一一月一日に一二万九七八〇円を支払ったきり、今日まで支払いをしてこなかったことを認めることができる(なお、<証拠略>については原告村上本人尋問の結果により、<証拠略>については被告本人尋問の結果により、いずれもその成立を認めることができる。)。

被告においては、昭和六三年一〇月に原告石川が退職してレモンに入社したの皮切りに、平成四年一〇月までに、訴外岡内、原告村上及び訴外山崎が次々に退職し、いずれも短期間のうちにレモンに再就職した。吉田社長は、原告村上が、高校卒業と同時に被告に入社した従業員であって、同原告の仲人を行ったりしたことから、同原告をかわいがって、信頼を置いていたところ、同原告が田舎にいる病気の母親の世話をすることを理由として退職を申し出たため、非常に残念に思いながらその退職を納得したが、退職後、同原告が田舎に帰っていないことを確認した。また、被告従業員の多くは訴外山崎が被告を退職したのは、原告らの引き抜きによるものであると考えており、吉田社長は、所属長会議の席上でそのことを指摘されたり、平成五年二月頃、四・五名の従業員から、引き抜きを放置しておくのは今後のために困るとして、対処方を要望され、業界関係者数人からも引き抜きについて指摘されたりした。そこで、吉田社長は、信用調査機関にレモンの調査を依頼し、その結果、レモンの代表取締役が、吉田社長と以前面識のあった人物であることが判明した。そこで、同人のかつての所属先の社長に連絡を入れたところ、その人物が右所属先から独立し、レモンを設立した際、そこの従業員二人を引き抜いて連れて行ったということを聞かされた。こうしたことから、被告は平成五年九月二八日に振り込むべき原告村上の退職金を振り込まず、翌一〇月一日、原告村上から被告に退職金の振り込みについての問い合わせがあった折りに吉田社長と同原告とが話し合いの機会を持つことを約束し、同月一二日に話し合いをしたものの、双方とも感情的になり、物別れで終わってしまい、吉田社長は、同原告に対し、退職金を半額減額する旨通知した。被告は、原告石川からも被告に退職金についての問い合わせを受け、その折り同原告に吉田社長と話し合いを申し入れたが、拒絶された。

被告は確かに原告村上に支払うべき退職金の支払いを遅滞しているものの、以上の経緯によれば、将来の支払分をこれまでどおり年賦払いとすることが信義則違反あるいは権利濫用となるような事実関係が存するとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

四(ママ) まとめ

以上からすれば、原告石川については、被告に対し、一二万九三六〇円及びこれに対する履行期の翌日である平成五年一一月二九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払いを求める権利が認められる。また、原告村上については、割賦払い分につき既に支払期日の到来した分から支払い済みの一二万九七八〇円を控除した金額である七七万八六八〇円、及びうち一七万三〇四〇円に対する平成五年九月二九日から、うち三〇万二八二〇円に対する平成六年九月二九日から、うち三〇万二八二〇円に対する平成七年九月二九日から、いずれも支払済みに至るまで年六分の割合による各金員、並びに平成八年九月二八日限り三〇万二八二〇円、平成九年九月二八日限り三〇万二八二〇円の各支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 合田智子)

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